大木島写真館のウィンザーベンチ
W1400×D350×SH430
材質:タモ(座板)ナラ(脚)
塗装:天然オイルワックス
ストーリー
長野県飯田市と伊那市の間にある松川町に、その写真館はあった。
倉庫を改造したという新しい写真館には、吹き抜けの天井が高いスタジオがあり、庭からの自然光が柔らかく室内を回っている。
そのスタジオでの撮影の様子を説明してくれたのは、今その写真館の運営を任されている、若い三代目だった。
おじいさんの代から続いた店から、この新しい店に引っ越したのが三年ほど前。同じ町内でこの物件が出たとき、今後のことを家族で話し合って決めたという。
そう、彼の話にはたびたび「家族で話し合って」、が出てきた。
東京と大阪で暮らした経験があり、写真は大阪で学んだ。もちろんそれは家の写真館を継ぐ意志があったからだった。
都会に憧れて様々な出会いや経験をするも、その先の自分の目的に気付いている自分を感じ、また生まれ育った郷里への思いは、やがてかけがえのないものとなっていた。
中央アルプスと南アルプスに挟まれた、天竜川の流れる谷あいの田舎町。その土地に向ける彼の思い、そこで何かをしようという思いを、打ち合わせの話の中で聞かせてもらった。
それに対し僕はどう応えればいいのか。
今回の仕事は、依頼者の希望に応じた、用途に応じた形ではなく、その思いに、僕も思いで応えようと決めた。
もちろん、今回の注文をいただいたのは、この若い跡取り三代目からで、その用途は撮影用のセットとしてではなく、スタジオとは別に、撮影した写真をプレゼンするための部屋があり、そこでお客さんに座ってもらうための椅子だった。
写真館には七五三や成人の日の撮影で、家族で訪れるお客さんが多く、パソコンのモニターを多人数で眺めることになる。特に子どもが一緒にいると、個別の椅子では人と人の間に距離が空き、長時間に退屈した子どもがずり落ちたり、背もたれがあるために退出しにくかったりすることがあった。そのため、椅子をベンチにしようということになった。
つまり、子どもと大人が同時に座る、家族で座るベンチということだった。さらに、個別の椅子における問題をクリアしなければならない。
サイズはその部屋に対する最大幅で4人がけ。高さは女性が踵のある靴を履いて座ることを考慮して、数字の面は大体出そろったものの、肝心なのはどんな形にするかだった。
僕はデザインスケッチをするバインダーに、彼から送られてきた絵葉書をいつもクリップしていた。そこには彼の小さな娘さんが写っていた。
彼の思いに応えるために、僕も自分のこれから、この先作り続けたいと考えている形を提案しようと思っていた。しかし、目的を見失ってはいけない。そこには家族が座るのだということを。子どもが座るのだということを。そのためだった。
二つデザインを考え、メールで送って返事を待った。
二つ目のデザインには機能性を重視した形を考えたのだが、結果として選ばれたのは、僕が最初に思い描いたものだった。その返事のメールには、「家族で話し合って決めた」と書いてあった。
デザインのアウトラインは、僕がこれからオリジナル家具として取り組もうとしているウィンザースタイルで、座面は子どもがずり落ちないように、柔らかく座れるようにと少し窪ませてある。
そして長手方向のストレッチャー(ヌキ)は4本、高い位置に配置した。これは子どもが自分で上り下りする時の足掛けとして。また、小さな子どもが座っている時の足掛けとして。
もちろん、脚とストレッチャーにはSIGNのシンボルデザインを彫り込んだ。
用いられる場所は、このパソコンの前ではある。そこで気持ちよくお客さんを受け止める椅子であって欲しい。だけど、ときにとあるお客さんに、「この椅子に座って家族写真を撮ってみたい」と言わせてもみたい。
そんなことを考えたのは、あの打ち合わせの後、彼の町が見渡せる山に彼が案内してくれたからかもしれない。
この町の人が座るんだと。