チェルトチェア「生涯最後の椅子」
W450×D530×H790 SH380
材質:ウォルナット
塗装:天然オイル、ワックス
ストーリー
「私の生涯最後の椅子だから」
注文の際、その女性は僕にそう言った。
八ヶ岳連峰の麓、とある別荘地にその女性は住んでいた。60代。50代後半、くらいだろうか。
御主人と息子は東京にいて、仕事をしている。
森の中の山小屋風の家には薪ストーブがあり、僕が初めて訪ねた雪の季節でも、家の中はとてもあたたかかった。そして外の森の景色が見渡せる窓に囲まれた部屋には、彼女のライフワークである織りものを織る機織り機があった。
東京での仕事を退職し、ここへ移住してきたという。
御主人や息子さんは?
息子さんは出版社の仕事で休みがないくらい忙しく、
御主人は、
もたもたしてるから私だけ先に来ちゃったのよ。
そういう彼女を横目に見ながら、年に数回、ここへ機織り姫に会いに通ってくるひこ星なんだよ。というロマンチスト。
初老の女性の一人暮らし、という言葉のイメージからは、彼女の生活は想像できない。その家には、彼女のもとにはいろんな人が集まってきて、彼女は好きなものに囲まれて暮らしているという気がした。
そんな彼女から椅子の注文を受けた。うちのBMSチェアを見て気に入ってくれたらしい、が、彼女の要求はBMSとはまったく別物だった。
最初はここへ来るみんなが座って安らげる椅子、という話が、結局、自分専用の機能を持たせた、自分の体に寸法を合わせた、自分だけの椅子、が欲しいというふうに変わっていった。
「私の生涯最後の椅子だから」
デザインや材質についてはほぼおまかせ。
ただ、用途はダイニングで使用し、彼女の座る位置からすぐにキッチンに立てるようにと、肩肘付き、シングルアームにして欲しいということだけ。
さあどうする。
僕は彼女の話を、いつものようにメモ帳に書き留めていく。
彼女の体を採寸する。小柄な女性だ。既成の椅子では確かにきつい。
考えるに必要な情報は充分に得たはず、なのに、どうすればいいかわからなかった。
あの言葉が気になっているのか、それに立ち向かうにはそれなりの覚悟が必要な気がして。
工場に戻り、暇あるごとに考え、思い出すごとにメモ帳を開いてみたが答えが見つからない。
急がない、とは言われていたものの、思い出す彼女の言葉のあとに必ずあの言葉がついてくる。
余計なプレッシャーを感じていた。
そして遠方であることをいいことに、僕は1年半待たせてしまったのだ。
1年半後、答えが出たのかというと、それも確かとは言えない。
この椅子を見た時、彼女が「素敵!」といってすごくはしゃいでいたから、それでよかったと言える。
しかし結局僕が出した答えとは、自分の技量以上の事はできない、僕の今の心境で作ろう、だったから、純粋に彼女のために作れたかというところで、今も自分に問いかけている。
こんなとき、
作風が確立されて、うちはこんな家具しか作れませんと言えるようになりたい、と思う。