居合い抜き練習器
W690×D500×H1280
板 690×460×57
材質:モンキーポッド(板)、栗(脚)
塗装:天然オイル、ワックス
ストーリー
僕は学生時代、探検部というサークルにいた。文字どおり学術探検を目的とするサークルなのだが、どんな状況においても目的を達成するという前提で、普段の活動は、登山やサバイバルテクニック、川下り、沢登り、といったアウトドア技術の訓練が主であった。
部員にはそれぞれ専門分野があり、この居合い抜き練習器を注文してくれた、1年先輩だった大野さんは、洞窟と山のエキスパートであり、リバーツーリングと酒を愛する人だった。
大野さんと行った西表島の企画は、今でも忘れられない語り種だ。
雨期の西表島をゴムボートと徒歩で縦断。
川を遡上し、ジャングルを歩き、激流を下る。
そのとき、体は常に雨で濡れたまま、気がつけばあちこちヒルと巨大ダニだらけ、足はジャングルブーツの中で腐り、重い装備が肩に食い込む。
現地調達を考慮して、食糧は最小限にしていたため、移動しながら食えるものを探していた。
川では釣りができる。魚、蟹。大野さんが釣り上げた大物は、その企画一番のごちそうだった。
しかし、ジャングルでの薮コギが何日か続くと、僕らは疲労困憊で判断を誤り、増水した激流にゴムボートで漕ぎだしてしまった。
結果ゴムボートは裂け、装備は流され、遭難。
ほとんど丸腰になって夜のジャングルを歩き続け、やっとの思いで人家にたどり着いた時は、興奮状態で忘れていた疲労と挫折感と、今まで感じたことのない安堵感を感じながら、その夜、まさに泥のように眠った。
翌日、遭難現場の先まで川を反対側から登ってみた。
その現場から少し行ったところに落差20数メートルの滝があり、そこで川を這い上がらなければ、あわや…
たった一週間程度で、遭難まで経験するという贅沢な企画だった。
それをともにした仲間だった。
卒業後、連絡もとりあってなかったのだが、ある日、僕のホームページを見たといって、大野さんから掲示板への書き込みがあった。
頼みたいものがいくつかあるという。そのひとつが、この練習器。
会わない間に、大野さんは古武術の武道家になっていた。
陰流。古流と呼ばれる日本の実戦的武術。
学生時代から格闘技が好きなのは知っていたが、極めるとそうなるのか。肉体だけでなく、精神修養も必要とされる古武術。それはスポーツ化された格闘技とは比べ物にならない。
その修練の中に、居合いもあるのだという。
水平と垂直に彫られた溝に、刀が触れないように振り出し、その溝が終わるところでぴたりと止める。
その止める瞬間に力を込めることによって、いや、そうしなければ肉は斬れないのだと言っていた。
板の材質は堅く、しかも弾力性のある木を選んだ。脚は衝撃を吸収するように、しなる。
板と脚は分離し、折り畳めるようにし、設置の際は板の自重で脚が挟み込む仕組み。
オーダーメイドとはいえ、意外なものの機能性を考える機会を与えられたものだ。
あの川から這い上がった時から、お互いにかけ離れた道を歩んでいき、交わることなど想像もしなかったのに、こうしてまた出会い、かつては気付かなかったお互いの共通性を見出しては、あの短い期間のなかでも濃いつながりを持った人間同志というのは、離れていてもつながり続けていたのだと、そう思ったのだ。