「父さん… ただいま。今日は少し早かったんだ。これからはこの時間には帰れるようになる」
食卓に向かって歩いてくる老人が席に着くまでに、彼は父に伝えようとする説明を言い終えた。
「そうか」老人は彼の斜向かいの席に座り、「香純さん、わしももらおうかな」と彼女に微笑みながら言った。
「はい、」彼女は席を立ち、新しい酒と盃を取りに行った。「久しぶりじゃない?二人で飲むのって」
「ああ、そうだな」と老人は言った。
「ほんとだね、あれ以来かな… 」と彼は言った。「母さんの」
彼女は老人の前に箸と、白い蓮根のきんぴらが入った小鉢を置き、老人に酒を注いだ。
「どうなんだ、仕事の方は。うまくいってるのか」
「ああ、起動はうまくいったんだけど、まだまだ出力が上がらなくて色々試しているところだよ」
二人が話し始めるのを見て、彼女は空いた皿を片付けて台所に向かった。
「木はまだ足りているのか、その研究のための… 」
「あの発電所を作るときに皆伐して出た原木はもうなくなって、今は木質バイオマス用の材を回してもらっているのと、県有林からも直接間伐材を入れてもらってる」
「発電の仕組みについてはよく理解していないのだが、その話だけ聞いてると、あまり効率のいいもんじゃなさそうだな」
「いや、そうじゃないんだ。発電というと従来のバイオマス発電と同じと思われがちだけど、全然違うんだよ。エネルギーの地産地消という意味では共通しているけど、目標とする規模がはるかに今回は大きくて、それを実現できる可能性が高いんだ」
「目標? …それは何だ」
「この国の発電量の半分をこれでまかなうという目標だよ」
「それは大層な目標だが、そのためにどれほどの木が必要だというんだ。それが現実的な話なのか、いやそうではない、お前は知ってるはずじゃないか、木は人が関わるからこそ継続性がある資源だということを。それを、発電のために毎日数十トンよこせと言われてもすぐに納得できるものじゃない」
「たしかに、今までのバイオマス発電だったらこの村の300世帯でさえ年間2000トンもの木が必要だったけど、新しいシステムではその同じ量で市の3000世帯にエネルギー供給ができるはずなんだ。父さんの木に対する思いはわかってるつもりだよ。だけど、父さんだって電気を使うだろ。車だって木工機械やチェンソーだって電動で、重機もバイオディーゼル。木を材木以外の用途で使うのは今は当たり前のことじゃないか」
「結局お前はわかってるつもりというだけだ。わしは数字の話をしてるんじゃない。行政にとっては数字で要求し数字で量ろうとするが、その一本の木でさえ人が伐って人が山から出すしかないんだぞ。
木はその形となるのに、偶然とも言える自然の条件とどれほどの人の労力が必要であったか。また方法を間違えばその森が再生不能になることもある。わしが言いたいのは、そのエネルギーシステムができたとて、それを必要としない暮らし方も、森と共に生きる生き方も否定するなということだ」
「そんなことを僕は言ってるんじゃない。どこが否定なんだよ。全てのバランスを考えて事業を計画するのが行政だ。父さんの言う暮らし方にも経済効果があるはずだ」
「そんなものはいらないと言ってるんだ」
そう言って老人は席を立ち、彼に背を向けて部屋から出て行った。
彼はその後、酒がなくなるまで一人で飲んでいた。彼の妻、香純が何度か声をかけたが答えなかった。