彼が座っている椅子は、家具職人でもある彼の父親が作ったものだった。素朴でありながら無骨さはなく、簡単な数式と記号によって生み出されたような形をしていた。またそれは一人の職人の手によるものというより、様式を感じさせる説得力もあった。
彼の目の前の、今次々と料理が並んでいく食卓テーブルも、様々な収納家具にも、その様式による統一感があった。
この村の家々とそこで使われる生活の道具のほとんどは、この村の山から採れる木材によって作られる。木材はこの村の人の手によって形を変える。デザインは条件から生まれる。
すべての料理を並べ終え、彼女は彼の向かい側に座った。「お疲れ様でした」と言って彼の手元にあったガラス製の猪口に徳利を差し出す。彼は猪口を手に取りそれを受けた。そして、ゆっくりと一口で飲み干した。
「ありがとう、いただきます」
彼女に見守られながら、彼は箸を取った。彼を見ながら、彼女は空になった猪口にもう一杯酒を注いだ。
この村の陶芸家の手による器や皿に盛り付けられた料理は、今できたばかりのように湯気を立てて彼の前に並んでいた。彼女の料理は野菜が中心で、煮物、汁物、揚げ物、そのまま焼いたものなど、野菜に合わせて旬の味を一番味わえるよう調理してあった。そして一番小さな皿には主菜の肉料理、鹿肉ロースの一口ステーキがインゲンの胡桃あえと一緒に乗っていた。
「うまい… 」彼は一口食べると顔がほころんだ。彼女の意図を感じたのだ。
彼は最初に主菜の付け合わせから食べる癖があって、それを彼女も知っていた。色鮮やかなインゲンは見た目以上にしっかりとした味付けがしてあり、食欲をそそった。
「体は大丈夫?無理しすぎはだめだよ」
「それがさ、体もね、今までで一番無理が効くような気がするんだ」
「その言葉を聞いて、私が安心すると思う?」
「あ、ごめん。だけどほんとに体力的には全然しんどくはないんだ。ただ… これは君にだけ言うけど… 自分の仕事が豊かにする人の暮らしって何なのか。俺が今ここで君の料理を食べながら感じているものにちゃんと由来しているのか、わからなくなることがあるよ」
「心の疲れが一番しんどいんだよ。責任あるもんね。期待もされてるし。だけど、そこで悩む人でよかったなって思うよ」
「技術そのものは、ほんとに素晴らしいと思ってる。結果が出るごとにわくわくするんだ。やりがいのある仕事だよ」
彼は一旦箸を置いて、彼女にもう一つの猪口を手渡した。「君も」そして彼女にも酒を注いだ。
「その技術をどう使うかはすでに決まっていることで、俺はただ目の前の仕事として頑張ろうと思う。まだ少しずつだけど、この村にも発電所の電気が届いているんだ。ということは君にも、章にもね」
「それはありがとうございます。ふふっ」彼女は小さな盃を両手で口に運びひと口飲んで「電気って見えないからわからないね」そう言いながら猪口をテーブルに置いた。
「そうだね。見えないけど毎日送ってるんだ。いつもありがとうって」
「ありがとう?ふふっ、貴くんちょっと酔ってきたんじゃない?」
「いや、純ちゃんにはいつも感謝してるよ。うちの母親が死んでからずっと家のこと任せっきりで。あんなめんどくさい親父の世話までさせて」
「そんなことないよ。いいおじいちゃんだよ」
確かに彼の顔は少し赤くなっているように見えた。
「なんだお前、帰ってたのか」
その時、二人が話をしていた部屋に老人が入ってきた。