アーケード街はその両側に色々な店が並んでいて、それぞれの光を放っていた。飲食店、ファッションブランド店、楽器店、書店、靴店、眼鏡店、ドラッグストア。ひとつひとつはそれぞれが主張する光なのだろうけど、混じり合うとぼんやりしてしまう。
明るいアーケードの照明よりもさらに明るいショーウィンドウが続くと、薄暗い店内に目を惹かれる。
さっきから僕らの後ろには飲み会に行く大学生のグループらしい賑やかな集団がいて、やたらテンションの高い男の声とそれにやたら相槌を打つ女の子の笑い声が耳についた。
ついこないだまで自分もその中にいたはずなのに、今はその明るさに苛立ちすら感じている。
その時目の前を歩いていた友人が、彼の前を歩いていた人を追い越すと姿が見えなくなった。話は店で聞く、と言った通り、友人は早足で僕の前を歩きながら何も喋らなかった。話の内容を察してか、この人混みの中を横に並んで歩くとしてももっと楽しそうな話ならそうしたかもしれない。
姿が見えなくなったのは、この明るい通りから横道に入ったからだった。僕も彼を追ってその路地のところで曲がった。
その明るさは、いや暗さはまるで別の街に来たようだった。たった一筋入るだけで人もいなくなった。
電柱に付けられた街灯が頼りのその路地の先に、一軒だけ灯りのついている店があった。古ぼけた木製建具の隙間から、店内の照明に照らされた煙が立ち上っていくのが見える。
いつもの店、お目当ての店とはそこだった。暖簾には店の名前が染め抜かれている。『鉄板焼すみれ』
がらがらっと戸を開けて中を覗くと、外の人通りの少なさから一変して店内は満席に近かった。
「早く入ってそこ閉めて、虫が入る」
大きな鉄板の前で調理をしていた女性はそう言うと、顎で鉄板の前のカウンターに座れと合図した。両手に持ったコテで手が塞がっていたから、なのか、いや僕らが常連客だから。眉間に皺を寄せながら口元で少し笑っているのが僕らにはわかった。
「豚玉もちチーズ」とカウンター席に座った友人が注文した。
「じゃあ俺はネギすじこんにゃく、ポン酢で」
と注文しても女将さんは何も言わず、今焼いているお好み焼きから目を離さない。ここは今となっては珍しい『頑固な店』だった。気に入らない客の注文はいつまで経っても作らない。客が怒って出ていくまで何も言わず相手もしない。一目で気に入られるか、顔を覚えてもらえるまで通うか。だから店にいるのは大体常連客で、連帯感というか安心感というか、客同士で意気投合することもあった。ただ、酔ってハメを外すと店から追い出される。
僕らも最初の頃は注文したものと違うものが出てきて、それを食べて帰ったこともあった。
「お前砂ズリ食うだろ。おばちゃん、ズリ二人前レモンたっぷりね。それとビール2本もらうよ」
そう言って友人はカウンターの後ろにあったガラスの冷蔵庫から中瓶2本とグラスを取り出した。
それをちらっと見た女将さんは、鉄板にごろごろっと砂ズリをふた掴み広げて塩胡椒と、半分に切ったレモンを両手で丸ごと絞り切った。友人が振り向いて席に着こうとする頃には、体重をかけたコテの間から湯気が立ち上がり、店中にレモンと肉の焼ける匂いが広がっていった。
友人が瓶の栓を抜いて僕にグラスを渡し、ビールを注ぎながら「さて、話を聞こうか」そう言った時、二人の前にパリパリのおこげまで付いた砂ズリ焼きが二皿、とん、と置かれた。
「なに、おばちゃんも聞くの?」
「当たり前だろ」と女将さんは腕組みをしてそこに立っていた。