「だけど、算数は苦手かな。ずっと数字を見てると頭が痛くなっちゃう」
「へえ、そうなんだ。得意なのかと思ってた」
「ううん、本当はだめの。がんばってるだけ… あきらくんは算数得意だよね」
「うん、まあ、好きかな」
「いいなあ、うらやましい。算数できたらきっと楽しいよ」
「そうかな」
「そうだよ。大人になったら…」
並んで歩いている二人の後ろ姿を見届けながら、彼は車で坂道を下っていった。いつもより遅い出勤時間だったのは、今日は山の発電所ではなく県庁へ行くからだった。
新しいエネルギーシステムを導入した自治体が集っての月例の報告会議に出席する。「そんなの、リモート会議でいいじゃないか」と、少しでも研究に時間を費やしたい彼はそう思った。この村の山奥にある発電所と、県庁までの道のりは同じ一時間程度だったが、誰ともすれ違うことがない山道を淡々と走り続ける一時間と、街に向かう道を走る一時間は全く別のことをしているように感じられた。
「その先にある希望、なのかもしれない」
新しい技術によってより良くなるはずの未来を想像しつつ、その恩恵を消費する巨大な胃袋のことを無視できない。それがもし純粋に街のためであったなら、彼は昨晩のように父親と言い合いにはならなかっただろう。それによるモヤモヤした気持ちもあり、その一時間は重く長く感じられた。
彼はハンドルを握りながら、昨晩のことを反芻している自分が嫌だった。山道を走っているならこんなふうにはならなかったはずと、道のせいにもしたかった。
「おかえり、今日は早かったのね」
「ああ、石橋が早めに交代してくれたからね」
「近頃ずっと遅かったもの。石橋さん気を遣ってくれたのね」
「そういうシフトに変えようって、あいつが。だけど仕事のことを考えたらやっぱり、結果を早く出したいから気になるよ」
「そっか。貴くんは昔から変わらないなあ… 明日は県庁なんでしょ。ゆっくりご飯食べて、今夜はちょっと飲みますか」
「いいね、そうしようかな。付き合ってくれるなら。章はもう寝たの?」
「もう少し早かったら起きてたんだけど。たまには相手してやってね」
「そうだな。ほんとだね」