道の両脇には畑があって、朝から野良仕事をする人の姿が見える。少年の背中でかたかたと鳴るランドセルの音が通り過ぎて行く。そのリズムから子どもの歩幅を感じ取れた。
坂道の上から聞こえる楽しそうな老人たちの話し声は次第に遠くなっていき、少年の頭の中は学校での生活に切り替わっていった。
今歩いている道の傾斜が少し緩やかになる頃、家が立ち並ぶ通りに出る。木造板壁瓦屋根に特徴的な大きなガラス窓、建物のデザインには統一感があり、同じ規格で建てられているようだった。そしてどの家も何かしらものづくりの商売をしていて、さしずめそこは職人通りとも言える。
一番上にある少年の家は祖父が林業で山行きをしながら、家具大工もしていた。そのように、この村のほとんどの人が兼業の林業家であって、閑散期は別の仕事をしていることが多かった。また、先程の浩さんが言っていたように、それぞれが持つ技術を教え合い、仕事を手伝い合うことも日常的に行われていた。人口の少ない村であっても大きな仕事をする時には協力しておさめる。それは林業によって培われた習慣であり関係かもしれない。専門分野はそれぞれあるのだが、みんながいろんな技術を一通り経験していた。
職人通りにはやはり木に関連する職業が多かった。そこには生活に関するあらゆるものが揃っていた。建築、建具、樽桶、指物、器は木地師と塗師、紙漉き、もちろん陶器やガラス職人もいてそれに必要な薪と炭の職人もいる。そして大きな工場の鉄屋、雑貨屋も兼ねた縄屋、布屋は衣服も扱う立派な店構えだった。
そして、その通りを下り切ったところに小学校はあった。
少年が歩いているとあちらこちらから声がかかる。少年の祖父が村の総代をしているという理由もあるが、少年の父親がしている仕事も今は村の話題のひとつだった。それについて聞かれることもあった。この村で働くというと、家の仕事を継ぐか役所に勤める以外の選択肢はない。少年の父親は長男ではあったが家業を継がず市役所の職員になり、数年県庁に出向して村に戻ると、ある部署の責任者となった。その仕事については少年もよく理解できていなくて、聞かれても答えられることはほとんどない。何かに夢中になっていて、朝早く出て行って夜遅く帰ってくるということくらいだった。
この通りに面して連なる職業には、自分もやってみたいとか、あれは無理とか、心に生じる興味を指針として自分の将来に重ねて考えてみることもできた。
しかし父親の仕事には、そういうものと比べられる形も重さもないような気がした。
ある店の前に立っていた少女が、歩いてくる少年に気づいて手を振った。
「あきらくん、おはよう」
「おはよう」
少年と同じ5年生の裕美は布屋の娘だった。いつも彼女の家の前で少年と合流し、そこから何人か低学年の子どもたちを迎えに行きつつ登校することになっていた。
大人が決めた決まりなんだから仕方ない、というふうな少年の表情も誰が見ているわけではない。次の子どもの家まで二人で歩いて行く。
少し小柄な少年と裕美の身長は同じくらいだった。横に並んで歩く姿は誰が見ても普通に小学生が登校している姿に見える。ただ、二人の感じ方には多少の違いはあったものの、自分たちが今までより少しだけ大人びたことをしている気がして、緊張しつつも楽しかった。
「ゆみちゃん、宿題やった?」
「やったよ」