森が見た夢:1章あらすじ
2022 年 11 月 13 日 by SIGN
その夜、林業を主産業とする、とある山村で神事が行われていた。
その年の伐採期の終わりに、森の入り口で篝火をたき、その前で村の総代が能を舞うのである。
それを見守る三役とともに一人の少年がそれを見ていた。山上の空にはその出来事を見守るように半月が出ていた。
山の神に捧げる祈りは、伐採期の最初と最後に行う。始まりは仕事始めの日の早朝に祭壇を作り、祝詞をあげて安全祈願をするのだが、終わりはその夜に能を舞った人物が暗い森の中へ入っていき一人で祈りを捧げる。
その意味は定かではないが、一説によると御神体である山の木を伐るにあたり、神に山から出ていただくのが始まりの神事、それを戻すのが終わりの神事だと言われている。
その少年は能を舞った老人の孫だった。老人は少年にその光景を見せたかったのである。林業は村人の生活の中心であり、建築や生活の道具に使う木材はもちろん、食料や水や燃料も山から得ていた。
また昨今においては、進んだ科学技術によって木からあらゆるものが作り出せるようになり、この国のエネルギー問題さえも解決するシステムが構築されようとしていた。森林資源が豊富なこの国の環境は改めて意味を見出され、まさに次のステージへと移行しつつあった。
しかし、時代が変わったとしても、人が植えて百年育て、人の手によって一本一本伐採して山から出す作業は変わらない。
また適切な育林技術を無視しては後世に資源を残せない。そこに山への畏敬の念を絶やさないように、こういった神事も継承していくべきだと老人は考えていた。
老人はその少年に自分がしてきた山に関わる仕事を引き継いで欲しいと願っていた。
場面は変わって15年後、少年は都会で就職して数年が過ぎていた。そこは木質バイオマスから繊維を紡ぐ技術を世に広めた会社だった。今やその技術は石油から作られる化学繊維に変わって普及していた。
この国の一流企業に数えられるその会社で仕事をしながら、なぜか彼の心には満たされない部分があった。それが何なのか自分でも説明がつかなかったが、彼の友人にその気持ちを打ち明けたことをきっかけに、それを確かめるために彼は故郷に戻ることになる。
森と木と山と、ある家族の物語。過去、もしくは近い未来。
この章を通して空には月が出ている。彼らとその世界を見守る存在として、思索と研究の象徴として。