自分のための、ハイスツール
2014 年 1 月 31 日 by SIGN
昨日は畿央大学での最後の授業だった。5年間続いた授業だったし、思い入れはあった。毎年担当の先生と話し合いながら改良を重ね、建築やデザインの理論を学ぶ学生に対し何ができるか何を伝えるかを考えてきた。
ただの木工体験にしたくない。技術指導に終止せず端々に言葉を折り込みながら、自分で考えたわずかなアレンジでも実際に形にすることを経験すること。それも段ボールや発泡スチロールではなく、素材は市販される家具と同じ本物の木材であり、加工法は基礎的ではあるが本職と変わらない道具を用いた接合をする。
そして、作ったものを使用する人物とシチュエーションを想定したオーダーメイドであること。それに応じた構造的な強度も考えること。などなど、僕としては「立体表現」という授業名のとおり、これはデザインの授業であると学生たちには言い続けてきた。
5年も通うと全学年に顔見知りの学生がいて、キャンパスを歩いていると声をかけられたり、去年の1回生が教室をのぞきにきて挨拶していったりする。
授業だけでなく、僕の授業をかつて受けた学生が卒業年度となり、その卒業制作を手伝ったこともあった。
そうするうちに学校にも愛着が生まれ、こんなお試しセットではなく本当にここに自分の研究室が欲しいと思ったこともあった。もしそれがかなうなら命がけでやるのにと。
それを、ふいに手放す時がやってくるとは。
自分にとってチャンスと思われた訓練指導員の募集も、大学の講師が続けられると思っていたからで、採用試験を受け内定が決まってからそれは不可能であると知らされた。流れはすでに指導員のほうにある。それを捨ててまで今の家具屋と講師のバランスを維持するという選択はもうできない。経済的に非常に厳しいことも、すでに限界を超えている。
それらはまさにこの授業の真っ最中、年末年始に起こった出来事だった。当然続くと思っていたことが、突然今日が最後の授業になるかもしれないとなると、感慨にふける暇もなく、学生たちに対してもこないだSIGNで補習をやったりして親しくなったところで、その時、何もそれらしい言葉が思い浮かばなかった。
完成した学生から学内で展示するために作品を持って教室を出ていき、流れ解散になることは分かっていたので、授業の最初に少し話をしたが、それらの事実を伝えただけで終わった。
これが僕にとっても最後の授業であると。
担当の先生にとってもいきなりの話でご迷惑をおかけしたと思っているが、事情を話して理解をしていただき、逆に、僕にとってはいいことではないかと励ましていただいた。しかし、それでも僕の授業をあきらめたわけではないとも言われた。できることをしてみて、それでもだめだとしたらほかの人を探し、この授業自体は続けていくと。
授業が終わったのはいつもより2時間ほど過ぎた頃だった。教室を片付け、学生たちが置いていった作品を見に行くと、展示というよりかためて置いてあった。まだ塗装したばかりだったからか、レイアウトは翌日に持ち越したのだろう。
翌日、少しやり忘れたことがあって昼頃教室に行き、帰りにまた展示してあるところに行ってみると、一脚ずつ並べて置いてあった。
それぞれそんなに差は無いように見えて、同じものはひとつもなく、制限の中で彼等なりに考えた跡が伺える。そして半年間立ち向かった加工の苦労も。
5年間、お疲れさまでした。
学生たちも何かを受け取ったはずです。何よりSIGNさんと出会うチャンスを得た彼らは幸せだと思います。それぞれ触れ合った密度や理解力によって程度には差があるでしょうが、蒔かれた種は思わぬ時に思わぬところで芽を出すものです。
どこで、何をしていても、その日、その場で自分に恥じない姿でいらられば、明日は間違いなくいい日だと信じています。
Saltさん
幸せだったのか苦労したのかわかりませんが、彼等がこの授業を受けてよかったと思ってくれるなら最高です。
なんだか最近いろんなところで新しいことが舞い込んできて、ドキドキすることが多いです。ただ仕事が変わるだけではないようです。
いいじゃないですか。オッサンのドキドキは。何かが確実に動いているようです。