写真館の絵の額を手直し、というか追加であの箱に額縁を付けることになった。
確かに額縁を付けた箱は額に見える。これでよかったのだ。よくなったのは間違いない。
塗装の乾燥を待って明日あらためて納品に行く。田原本へ。
そう、田原本といえばあのバイク屋にもまた行こうと思っている。
バイクというのは不思議なもので、一台一台に性格のようなものがある。
そのバイクがデザインされる時に考え抜かれるコンセプトは、それをどのように乗るのかを想定した「どのような乗り方をした時に一番気持ちいいか」という価値を生み、そのバイクの個性となる。
数値で表すスペックも一つの要素ではあるが、排気量やパワーだけではその個性は読み切れないし、「気持ち良さ」に関しては乗ってみなければどんな「気持ち良さ」かはわからないし、「どのような乗り方をした時に一番気持ちいいか」もわからない。
そしてその乗り方は限定されるほど「気持ち良さ」の純度は高く、多分設計もピンポイントで攻められるのでやりやすいだろうと思う。
時速300kmの世界、高速コーナーの安定感、繰り返す小旋回をリズミカルに、悪路の走破性、ジャンプ、どこまでも走れそうな長距離巡行性、体の一部となりまるで猫のように壁を登る、低速で散歩気分、荷物満載で旅に出る、停車した街角が絵になる美しさ、加速感、振動、リズム、音。
最近のバイクに名車が少ないのは個性が限定されないからかもしれない。いろんなことができる子は、いろんな場面で役には立つが大事にされない。名車は猛烈に愛され記憶に残り、いずれ捨てられる。
結局自分がどんな「気持ち良さ」が好きなのか、その「乗り方」と絡まって記憶された様々な経験がそのバイクを選ぶ基準となるのだから、自分が今まで乗った時間に裏付けされる自分の感覚を信じるほか誰に教えられることではない。
バイクは出会い。個性は自分で作れるものではなく、与えられるものだからいい。
額縁になって良かったです。
有難うございます。
気に入ってもらえて良かったです。
こちらこそありがとうございました。