美容室のパーテーション・赤毛のアン
W950×H2300
材質:マホガニー、モンキーポッド
塗装:着色カラーオイル、クリアワックス
ストーリー
以前オープンシェルフを納めさせていただいた美容室から、またご注文があった。
今お使いのシャンプー台付きキャビネットの側面に、パーテーションのような壁を取り付け、そしてキャビネットの扉も同じ材で作って交換してほしいと。
もともとの作りはフラッシュで、水回りであることからメラミン合板が使用されていた。それはまず間違いのない選択だったと思う。
しかしそれを残しつつも、無垢の木の部分を追加したいという。
それだけ聞けば、味気ないメラミンのフラッシュ家具をちょっと味のある感じにしたいのか、と思う。それだけ聞いて即作ってしまえばそれでいいことなのだと思う。
しかし、さて僕のスイッチはどこで入ったか。
まず、材の希望があった。マホガニー。
お客さんが調べたところによると、ヨットなど木造船の材料として使われることから、水気に強いのではないかということ。
そして、一般的にもよく知られた高級材であること。
そして、赤いこと。最終的にはその赤さがとても重要なポイントとなっていく。
基本的なディテールに関する希望があった。
幅50の薄い板を隙間を空けつつ並べて板塀風の壁を作ること。
これはデザイン的なアイデアで、お客さんにとっても思いつきのような感じだった。僕もこれを最初聞いた時はそのように感じ、その出どころを気にはしなかった。
壁の一部をガラスにし、採光をかねた装飾的な窓を作ること。
最初は予算的にも機能性のみを考えたスリガラスでいくことも考えた。しかし、お客さんの希望は作品性のあるガラスがよかったようで、僕の知り合いのガラス作家の作品を見ていただいたり、ご自分でアンティークのステンドグラスを探されたりしたが、気に入ったものが見つからなかった。
そこで、とりあえず予算のことは考えず、ここもオーダーメイドすることを検討するため、ステンドグラス作家のVIVOさんに連絡をとってみた。
VIVOさんの作品をお客さんがとても気に入っておられたのだ。
そのステンドグラスのデザインに関するやりとりは、トータルで家具をデザインする僕に任された。
僕はまず、お客さんのこの窓に対するステンドグラスのイメージをどのように考えているのか、言葉にしてもらうように頼んでみた。それをもとに向こうと話し合うキーワードが欲しかったのだ。
そして、お客さんからの返事でいただいた言葉を見て、僕はそれまでの経緯がひとつの方向性を持っていたことに気が付いた。
「晴れた日の森の中、木漏れ日の中で昼寝している幸福。その瞼の中に浮かぶ色彩」
この文章そのままの意味だけではなく、その言葉の選び方、言い回しがまさしくアンが言いそうなことだと思った。
アンとは「赤毛のアン」のこと。前の仕事の時にお客さんから「赤毛のアン」が好きだという話を聞いていた。この美容室の名前「あんず」はそれにちなんだ名前であることも、また「あんず」は一人の女性を想定した名前であることも。
だとするとステンドグラスだけでなく、赤い色の材にこだわられることや、それを細切りにして並べることは「赤毛」であり、板塀や窓というデザイン上の設定は、原作中で印象的な背景として描かれるアンの家や部屋であり、その家のある土地は赤土であることも彼が赤茶色に惹かれる理由なのかもしれない。
思いつきではない、彼は「アン」を「あんず」を描いて欲しいのだと思った。
ステンドグラスの打ち合わせをする前に、僕はそのことを彼に伝えてみた。
すると、本人はそれとは気付いていなかったけど、思い付くままに注文をしていたけど、確かにそうだ。と言われた。電話口で、僕が「あんず」に気が付いたことをとても喜んでおられた。
VIVOさんにはお客さんの言葉と、僕が感じたことを伝え、ステンドグラスをデザインしてもらった。
窓から見えるのはグリーンゲーブルズのアンの部屋から見えるプリンスエドワード島の風景でありながら、アンの心であるから抽象的に直線だけで描いてもらい、懐かしさを感じさせる黄昏もしくは光る麦畑、赤土、草原、川もしくは湖を色とガラスの質感で表現してもらった。
出来上がったステンドグラスはさすがプロの作家さんだけあって、平面構成のバランス感覚はすごいと感じた。なにげない線の重なりが、動かしようのないバランスを保っていて、ちゃんと風景になっている。
すばらしい窓になったと思う。
これからは髪を洗う時に、この壁に囲まれた空間を意識することになるんだろう。
パーテーションとは機能的には「仕切る」ということだけど、そこに内側と外側を作り出す家具なんだと思う。
光は窓を通って内側に差す。
「赤毛のアン」のラストは、大人になったアンが、窓辺でそれまでの人生を振り返りながら手紙を書いているシーンで終わる。