テーブル「奥様は魔女」
W1400×D800×H680
材質:ナラ
塗装:オイル、ワックス
ストーリー
それは僕が作るものだから、僕から出たものだけれど、オーダーメイドで作る家具はやはり相手に興味を持てる感覚がなければ、お客さんにとってはそれを外部にあるものさしで評価させてしまうことになる。
その評価がたとえ良かったとしても、僕やお客さんが知っているこの時代の情報による相対評価でしかなく、そんな表層的な位置からさらに下の内面にまで届けようとするから、話はどんどん難しくなっていく。
なんで僕はオーダーメイドなんてやってるんだ。
このテーブルの依頼は女性からだった。
小さなお子さんがいて、旦那さんがいて、都会のマンション暮し、で家具を注文。それだけ聞いてイメージするなら、ちょっとこだわりのある、しかし平和な家庭の主婦かと思う。
だけど何度かメールでやり取りし打ち合わせでお宅にお邪魔してお会いすると、その印象はがらりと変わった。
いや、印象が良くなったとか悪くなったとかいうことではなく、メールでやりとりしたサイズや材質についての文章からイメージとして形成されていた人物像がそこで覆された感じ。
確かに材質やサイズについては重要な情報ではあったけど、それを求められる理由が、なぜか、というところに触れなければこの人のために作るということにならない気がした。
話の内容は、生活のスタイル、間取り、今ある家具と今後入手する家具との兼ね合い、家族の話。そこから導き出されるサイズであり、機能性だった。
すべてがかかわりの中での話でありながら、最終的には「私が」というひとりの思いを感じた。
それを見る私、触れる私、使う私。思いの奥底では最重要とされていることと、家族との生活や経済的に実際に家具を購入するということとの折り合いをつけながら、出てくる言葉は材の性質や数値に関すること細かな注文だった。
材の名前や数字だけをメールの文章で読んでいるだけでは、ただ注文の多いお客さんにしか見えず、ひとりの彼女を見つけることはできなかった。
その後のメールや電話でのやりとりが、図面を書き直したりスケッチに戻ったりしながら続き、考え出したアイデアに対し相手の理解を得るために時間がかかり、最初に問い合わせがあった時から納品まで半年かかってしまった。
「時間がかかってすみません」という彼女の言葉に「いいものを作りましょう」と答えるしかなかった。
僕が感じていることは言葉ではなく、テーブルという形にして届けなければならない。
彼女の注文は特にディテールの部分にこだわりがあった。
初期の段階ではもっと個性的な形と機能を求めておられ、高さが変わったり変形したり、ガラスの天板だったり。
それが次第に話し合ううちに関心は質感へと移っていった。
幕板のない構造をベースとし、脚の付き方を工夫することで個性に求められる面を満たす。
天板の形状においてゆるやかなカーブを描く樽型は図面の段階で気に入っていただけた。
そして、もっとも強かったこだわりは、このエッジの形状。いろいろ資料を調べて絶対にこの形にして欲しいという要望があったところ。船底面というらしい。表は糸面ほどの面取りをし、裏は大きなアールで丸めてある。
それだけでは面白くないのでアレンジを加え、天板裏の両端100ミリくらいのところから次第に薄くなっていくように削り、その末端を船底面とした。
その感触はいつまでも触っていたくなるような丸みとなった。
彼女はそこで足を組んだり、そのエッジに触れたりしながら、テーブルの感触を確かめていた。
座りながら無理なく足を組みたかった。それが重要だったという。
ダイニングテーブルだから一番の用途は食事であるはずだが、女性にとってはあらゆるすべての作業台となる。
家族の時もひとりの時も、そういうものが欲しかったのだなと思った。
設置が終わり、彼女とそのテーブルで向かい合ってコーヒーをいただいている時に、試したいことがあると言って隣の部屋から大事そうに何やら持って来られた。
タロットカードだった。何セットかお持ちのカードをかわるがわるテーブルの上に広げてはシャッフルし、何かの順番に並べていく。
別に何か占っているわけではなく、テーブルとの相性みたいなものを探っているようだった。
彼女はかつてこれが本職だった時があるのだと言った。結婚してから何年もカードを出したことすらなかったという。その理由も、テーブルがなかったからだとテーブルのせいにして言われたが、ここまでの話の流れ上僕にはその奥に本当の理由があるのだろうと感じていた。
気が付くとカードを並べながらぶつぶつと独り言のように彼女は何かをしゃべっていた。
聞き直すとそれは彼女のことではなく、僕に関することのようだった。
「久しぶりだから、気にしないで」と。