雲と龍を祀る刀架け
W420×H460×D290
材質:ケヤキ、メイプル
塗装:天然オイル、ワックス
ストーリー
シンプルモダンの家具を作る木工家に弟子入りし、独立して自分も家具屋になったはずなのに、なぜこうも師匠や兄弟弟子とは違うことになっているのかと思うことがある。
ひとつひとつの注文が、いつも深い背景を背負っていて、それを意識しなければ線一本描けないような、ただ注文家具を作るという作業だけでは解決できないものばかり。
目の前にない形を現実に生み出すには、まずその背景を知らなければならず、そしてその背景と依頼者の関係を観察しなければならず、それからやっと技術的な話になってゆく。
ひとつの仕事が終わる毎に、この世界についてまたひとつ知ることが増える。
古武術の武道家である僕の大学時代の先輩から、日本刀の刀架けを依頼された。
守護刀を含む3本を架けるためのものだった。
もちろん僕には武道の心得もないし、知識もテレビや映画程度のもので、世間一般的なロゴスとしての「刀は武士の魂」くらいの認識しかなかった。だから、何をどうしたらいいものかも分からず、どこまで知るべきかさえも見当が付かなかった。
伝統や様式を無視して、自分のやりたいようにやる、ということも初めは考えた。曲線や曲面を使ったり、現代彫刻風の主張の強い形も考えた。また、今までにない刀の架け方を考えるとか。
もしかすると依頼は、そういうことも期待して僕に与えられたものかも知れなかったのだが、考えれば考えるほど、そういう薄っぺらい発想力で作ってしまってはいけないような気がして、依頼を受けてから2度、先輩のところへ刀を見せてもらいに足を運び、話を聞いた。
先輩の武道家としての名は「雲龍」であり、刀の名前も「雲龍丸」と「雲丸」だった。その名の通りまさに自分の分身である。祈祷をして魂も入っている本物だ。そしてその古武術もおよそ600年受け継がれている歴史あるもの。刀だけでなく、使用する武器にはよく知られている槍や小刀のほかにも様々な形と用途のものがある。そのひとつひとつを見せていただきながら、その武術の説明をしていただいた。
それはあまりにも密度の高い完成された世界観であり、何も知らない者が勝手に付け加えてよいものではなく、ましてや僕のような者が考える形に必然性などはあり得なかった。
そこで僕が出来ることといえば、伝統的な形にのっとり、命を表す名前を記すことくらいだと思った。
雲と龍から発想する景色を、満月の月夜にしようと思い、3本の刀を龍を象る雲に見立てた。
材にはケヤキの古材を使用し、月の周りに浮き上がる玉杢が星のように。白太は満月に照らし出された地上をイメージした。
側面からみた形は、見せてもらったその他の武器に見られる、鍛冶屋が叩き出した鉄の塊そのままの非装飾的で無骨な実用本意のフォルムを意識した。
納品の際、白い胴衣をまとった先輩が執り行う儀式に参列した。僕が作った物がこのように扱われるのも初めてだった。
実際に刀が架かると、刀の重みが伝わってくるようだ。そこにやっと意味が生じた瞬間だった。
僕の仕事は、物を作ることと等しく、物事を知ることが必要な仕事であると最近感じる。